2012年09月26日

ダーリンメモ 2012/09/26

気仙沼のおじいさんが、きっぱり言いましたっけ。
 「津波がどれだけ恐ろしいといったって、
  戦争のほうが何倍も恐ろしかった。
  つらいつらいと言ったって、
  戦争のときのほうが、ずうっとつらかった」
 ぼくは、それを聞いてて、
 簡単に「そうですよね」とは言えませんでした。
 目の前に津波の被害があるところで、
 「戦争のほうがつらいですよねぇ」なんて、
 旅人が言えるわけはなかったですから。

 でも、このことばは、あちこちで何度も聞いてました。
 戦争を体験した方々は、口々に、
 「あのときに比べたら」と、教えるように言いました。
 そうなのか、そうなんだろうなと思うと同時に、
 ずっと「どうしてなんだろう?」と考えていました。
 
 考えて、わかったようなことは言えないけれど、
 この「戦争」という文字を「人間」に置き換えると、
 ずいぶん怖さが実感できるような気がしました。
 
 たしかに、津波はある日一度襲っただけですが、
 戦争は、毎日続きます。何年も続いたりします。
 (人間がそれをやめないからです)
 津波のとき高台に逃げて助かった人がいたけれど、
 戦争は、隠れても探しだし、逃げても追いかけてきます。
 (人間は、そういうことができますから)
 しかも、追いかけてくるのは、敵ばかりではない。
 味方だと思っていた「正しい人たち」が、
 考えのちがうものを、探しだして吊るし上げてくれます。
 (人間は、そういうこともする)
 そんな日々が、ずっと続くのが戦争だとしたら、
 そりゃぁ「津波より恐ろしい」と言うのもわかります。
 
 津波が怖くないなんて、言ってるわけじゃないのですが、
 ほんとうに戦争は恐ろしいものなんだと思います。
 凝り固まった人間が、許さない人間が、
 じぶんの考える正しさのために、なんでもする‥‥。
 海は、翌朝、すっかり穏やかな海に戻ったらしいけれど、
 人のすることは、そうは行くもんじゃない‥‥。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
人間のいいところも、たくさんあると知ってるからこそね。
posted by DOKSO at 20:16| Comment(0) | itoi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月08日

ダーリンメモ 2012・09/08

「たのしみ」っていいなぁ。
 いいもんだなぁと、つくづく思うのです。
 
 「たのしみ」というものを、
 あんまり大事じゃないと思っている人もいますが、
 たぶん、そういう人にも「たのしみ」はあるんです。
 
 「たのしみ」って、たとえば、
 明日の献立だったりします。
 好きな食べものが食べられるという「たのしみ」。
 それがあるだけで、前の日も、その日もうれしいですし、
 その「たのしみ」があると、
 人にもやさしくできるように思います。
 
 会いたかっただれかに会えるという「たのしみ」。
 その人の笑顔を想像するだけで、
 ひょっとしたらよだれが出ちゃうかもしれない。
 そんな「たのしみ」を持っている人は、
 まわりの人たちをたのしくさせてくれそうです。
 
 ときには、つらそうにも見える「たのしみ」もあります。
 負けるかもしれない試合がある、なんていうのは、
 「たのしみ」に思えないかもしれない。
 でも、たぶん、明日になれば、
 試合そのものが「たのしみ」だったってわかります。
 
 「たのしみ」があれば、明日がある。
 毎日「たのしみ」のある人は、明日が好きになれる。
 そういう日々があったことを、ぼくも思いだします。
 いまのぼくや、ぼくらは、
 じぶんたちに「やるべきこと」ばかりやらせていて、
 「たのしみ」をつくっていないのかもしれません。
 ビールの大好きな人が、
 夕暮れどきにビールについて語るような顔で、
 ぼくらは、もっと「たのしみ」を見つけましょうか。
 
 ごほうびとしての「たのしみ」でなくとも、
 「たのしみ」を「ただのたのしみ」としてたのしむ。
 そういう、幼いころのような「たのしみ」を、
 おじさんも、おばさんも、おねえさんも‥‥ね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
明日の「たのしみ」があれば、明日も生きていたいものね。 
posted by DOKSO at 16:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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