2012年02月19日

ダーリンメモ 2/19

これはメモるよね。


全体ミーティングなどで、
 みんなが共有しておいてほしいことがあると、
 ちょっとまとめたメモを配ることがあります。
 やがて、どこかに埋もれてしまうかもしれませんが、
 誰かがひとりでも、ちょっと憶えていたら、
 役に立つかもしれないことを、記してあります。

 「ほぼ日」にも、新しい人が入ってきてますから、
 ずっと前に配ったメモの内容は、
 その人たちに伝わってないことになります。
 そこで、「先輩」がメモをメールで回すことになります。
 そのメモを読んで、書いた本人であるぼくが、
 「こりゃ、いいや。これで原稿にしよう」とね、
 思ったりすることも副産物としてあるわけです。
 
 ◆なにかを考えるための10カ条
 
  ひとつのことを考えるとき、

 1.そのことの隣りになにがあるか?
 2.そのことのうしろ(過去)になにがあったか?
 3.そのことの逆になにがあるか?
 4.そのことの向かい側になにがあるか?
 5.そのことの周囲になにがあるか?
 6.そのことの裏になにがあるか?
 7.それを発表したら、どういう声が聞こえてくるか?
 8.そのことでなにか冗談は言えるか?
 9.その敵はなにか?
 10.要するに、それはなにか?

 というものです。
 そのことが「缶コーヒー」でも「合コン」でも、
 なんでも、いったんここに入れて考えてみるわけです。
 意外に気がついてないことや、可能性や欠点が、
 見えてきたりすることがあるものです。
 
 ぼくも、いま考えている「そのこと」について、
 このメモを利用して、しばらく考えてみます。
 うまく行くと、最後の10「要するにそれはなにか?」に、
 すとーんと答えられたりすることがあるんですよね。
posted by DOKSO at 18:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

ダーリンメモ 2/10

糸井さんがこういうことを言ってくれるから
ついていってしまう。


ぼく自身が、なにかの都合で職業を記すときには、
 「会社員」だとか「会社役員」だとかを選んでいます。
 おれの職業なんだっけと、
 考えるのがめんどくさいからです。
 社会という森で、会社員という毛皮は「保護色」です。
 
 しかし、それにしても、
 誰も彼も、なにもかも、みんな会社員になってしまった。
 長い間フリーランサーで仕事をしていたぼくも、
 チームプレイをやろうとして会社にしてしまいました。
 そういうぼくが言うのも、口幅ったいのですが、
 生きる術が会社員以外ないかのような社会は、
 やっぱり、ずいぶんおかしいと思うんです。
 「職業につく」ということと、
 「企業に就職する」こととはイコールじゃないはずです。
 
 「会社員」だから収入が安定しているとか、
 「会社員」だから信用されるとか、
 「会社員」だから、生活設計ができるとか、
 いろいろよさそうなことを言われてきましたけれど、
 そうともかぎらないということも、わかってきました。
 
 日本中、「会社員」ばかりというのが、
 そもそも、ずいぶん不思議なことだという気がします。
 「会社員」じゃない生き方をすると、
 「会社員」に比べて、どんだけ不利なのでしょうね。
 なんか、これはいまのぼくの直感なんですが、
 「会社員」じゃない人たちが生みだすものが、
 これからの豊かさをつくっていくんじゃないかな。
 職人、主婦、無職、商店主、手伝い、老人‥‥
 こういう人たちにできること、
 こういう人たちが必要とされることって、
 ほんとは、もっとたくさんあると思うんですよね
 (選挙権だって、会社に関係なくありますもんね)。
 
 仕事のしかたを、もっと考えられないものかなぁ。
 ぼくには、まだこれ以上はわからないのですが、
 変わっていくとしたら、東北の被災地あたりから、と、
 そういう気がしてならないんです。
 いや、そうしたいものだよなぁ、がんばろっと。
posted by DOKSO at 11:29| Comment(0) | itoi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

ダーリンメモ 2/1

川勝正幸さん死亡のニュースを知った夜に読んだ。


気のせいなのかもしれないのだけれど、
 こうして、冬に、とても寒い日が続くと、
 人が亡くなったというニュースが多くなるように思う。
 寒さが、直接に、人のいのちを奪っている
 ‥‥というわけじゃないのだろうけれど、
 とても寒い日を感じているときには、
 遠くへいった人の話を、よく聞くように思えるのだ。
 
 生まれて、そして死ぬということは、
 誰にもかならずついてくることなので、
 それを格別に悲しむことはないという言いかたもある。
 そうなんだけれどね、それをそのまま受け容れるのは、
 ちょっとできない相談だ。
 「もういいや」と思うまで生きて死ぬ、という人も、
 ひょっとしたらいるのかもしれないけれど、
 たいていは、生きてきたこの世に、
 少なくない未練を残して旅立つのではないか。
 生きることそのものは、腹が満ちるようにはいかない。
 
 しかも、遠くへゆく人は、
 さよならの瞬間を知らぬまま旅立ってしまう。
 死について考えることは、
 なんとも、解決のしようもないことばかりで、
 どうどうめぐりしているばかりだ。
 
 ずいぶん寒い日が続くね。
 こればかりなら、言える。
 いくつものさよならが、寒さのなかにある。

・昨年の12月から今年の1月になって、
 カレンダーを取りかえたはずなのに、
 まだ一年経ったという実感がないままです。
 どうも、ぼくのこの一年は、
 三月のあの日から数えているように思います。
 長い時間が過ぎて、ようやく二月になりました。

・いまさらながら、「げんきでやろう」です。
 バカみたいと思われようが、
 元気でなにをしたいかが問題なんだ言われようが、
 「おまえも、げんきでやろう」と言いたい冬です。
posted by DOKSO at 23:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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