2011年11月22日

ダーリンメモ 11/22

「悲しいことなんか、あるに決まってるさ」
 なんてことも言わずに、微笑んでいる人がいます。
 つらいとか、苦しいとか、悲しいとか、怖いとかを、
 感じない人は、おそらくいないと思います。
  
 悲しい悲しい、怖い怖い、と連呼したがる人と、
 それを感じても黙って笑っていようとする人と、
 どこがちがうんだろうと考えました。
 
 厳しい状況で、どうして微笑んでいる人がいるのか。
 ぼくは、たくさんの「そういう人」を見てきました。
 彼らひとりひとりの繊細な感受性については、
 ぼくはよく知っているつもりです。
 恐怖にしても悲しみにしても、
 感じてないはずはないのに、落ち着いて微笑んでいる。

 そういう人は、ぼくが思うには、たぶん、
 「そういう人でありたい」と思っているから、
 そういう人でいられるのだと思うんです。

 だいたいのふつうの人は、
 「そういう人でありたい」と思ってないんです。
 とても自然に悲しんだり怖がったりしているだけで、
 どういう場面で、どういう人間でありたいかなんてこと、
 考えないでふるまっているのだと思うんです。
 おそらく、ちがいは、それじゃないかなぁ。
 どういうじぶんでありたいのか?
 これは、自然な裸のふるまいの上に、
 じぶんで着られる衣装かもしれないです。
 「おしゃれ」っていうのも、そういうことなのかも。
 
 今年は、あの震災があったせいで、
 特にたくさんの「そういう人」に会えたと思います。
 男性もいるし、女性もいる。老人も、若い人もいます。
 自然なふるまいももちろんできるし、
 他の人を守るための笑顔も絶やさない人たちです。
 実際に、「そういう人」はちゃんといる。
 そういう人のことを、いいなぁと見ていると、
 じぶんもだんだん「そういう人」に近づけるかもです。
 「そういう人でありたい」と思うもの、やっぱり。
posted by DOKSO at 11:44| Comment(0) | itoi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

ダーリンメモ 11/7

昨日、ここで、小言めいたことを書いてしまいました。
 電車に乗って目に入った中吊りや車額の広告に、
 制作者たちの「この仕事したいんです」
 という気持ちが感じられなかった、というようなね。
 そしたら、広告業界のなかにいる人たちから、
 「ほんとうに、そう思うんだ」と賛成の意見をもらった。
 「仕事をこなす」という感じで、いっぱいなんだって。
 ぼくには、これ以上助言することもないので、
 それぞれにジタバタしてほしいと思ったわけです。

・こういう「顔色のわるい感じ」の逆なのが、
 「気仙沼のほぼ日」で会う人々の話です。
 「打席に立てるよろこび」どころじゃないわけです。
 どこもかしこもがグラウンドで、
 バッターボックスは、じぶんで線描いて立っちゃう。

 ★それなら、できるんじゃないか。
 ★ああ、だったら、あの人に連絡してみようか。
 ★さっそく試してみます。
 ★うわぁっ、やってみたいねぇ。
 ★あれから、ずっと考えてたんですよー。
 ★ほんとになったら、泣いちゃうね。

 こんなセリフが、しょっちゅう聞こえてくる。
 口にした人がうれしそうだし、耳にした人がうれしそう。
 悲しいこと、いっぱい経験した人たちがいて、
 ひとりになったら沈んでるとか言う人もいて、
 そんなことみんな承知で、立って動いているんです。
 じぶんたちのことで精一杯とも言えるのに、
 他の土地で苦しんでる人のことを勘定に入れてるんです。
 
・どっちも、いまの、同じ日本のなかの話なのですが、
 両方が顔を見合わせればいいと思うんですよね。
 たがいに、いま、少し余計にあるものを交換して、
 もっと動きやすくしていく‥‥そういう感じの交流。
 「気仙沼のほぼ日」の仕事のなかには、
 そういうシチュエーションづくりもあるような気がする。
 
 岩手も宮城も福島も茨城も東京も千葉も‥‥もっと、
 がちゃがちゃと、かき混ぜられたらいいよねー。
posted by DOKSO at 06:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

エンディングノート

毎月1日は映画の日
そして、11月1日は 1101”イトイ”の日らしいので(今日のほぼ日で糸井さんが書いてた)
あまりに良かったと薦めていた
”エンディングノート”を観てきた。
http://www.1101.com/ending-note/index.html

末期ガンを迎えた父親の死に行く姿を追ったドキュメント。

日曜の昼にフジでやってるドキュメントと何が違うの?
なんて思いつつも、どこまで表現しているのか気になって観に行った。

のっけからズルい。
そりゃ当然なんだけど、”ほたるの墓”手法でくるんだもん。

父親の人柄がばっちり伝わるので、それが進行して行く間にどうなっていくのか?
映画として、そして自分の身近にそんな事がおこったら
と、考えながら引き込まれた。

父親の、奥さんの、家族のキャラクター説明もあって
これはどんな家族にもおこる普通の話なんだって気づいた。
それがこんな感動を産むなんて・・・

”おくりびと”を観た時も、ちょっとビビってしまう自分がいたけど
本当の話ですもんね。

正直、見終わった後の方が考えさせられる。
それも、前向きな方向に。
映画を撮る側と撮られる側のキャラクターが素晴らしかった。

今年はいろいろあった年だけど
人間を人生を信じられると気づいた年だった。
posted by DOKSO at 00:27| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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